うん、ママが好きなことしてる間に、ぼくはニュース関連postsをあつめるよ!
でさー、ドヤ顔で「適切な運用」とか言っている馬鹿はなんですかね?俺だって「本当に必要な人に与えてほしい」と思いますよ。
でも、福祉には必ず例外がくる。じゃあ例外に対しては「お前は例外だからダメ」って言うのかどうなのかってのもまず一つあるよね。それ神様みたいにきめられないよね。で、生活保護を申請する場合、多くが緊急性が高い事例が多いんだよ。とすると、チェックしているから待っていてくださいねー、で死ぬ可能性もあるわけ。だから生活保護には、申請を出した時点で保護責任が生じる。だから申請をすると嫌がるの。
あとそれと、チェック体制をそれなりにしたけりゃ公務員を増やし、「福祉に人員をまわせ」って言うしかないの?すくなくとも、現状で廻ってないのに、さらに「チェック体制を厳しく」とかいったら、リソースはもっと割かれるし、そうするとさらにザルになるか、むしろ「お前はくんな」っていう圧迫、あるいはまだ安定していないのにも関わらず「お前生活できてるんだから切るわ」ってなるよね。
「適切な運用」にしたところで、どっちに触れるのかはあるし、「もっと厳しくやれ」っていうんだったら、少なくとも現状の運用状態だったら見殺しにするという認識を持って言ってほしいよね、って思うわけ。それだったら一貫性があるからまだいいよ。
"—
Twitter / ryokikuzaki (via plasticdreams)禿同すぎて5回リブログ。 (via objetnonaviable)(Source: katoyuu, via kotoripiyopiyo)
「彼がスパイ…」驚き戸惑う松下政経塾同期ら
「まさか彼がスパイ活動に関係していたとは」――。
警視庁公安部が在日中国大使館の1等書記官(45)に出頭要請していたことを受け、外交官として着任する前に付き合いがあった国会議員や松下政経塾関係者から驚きの声が上がった。
書記官が1999年、海外インターンとして約半年間過ごした松下政経塾の同期だった森岡洋一郎衆院議員(民主)は29日、取材に応じ、「自分から積極的に動くような人ではなく、おとなしい印象しかない」と振り返り、「塾時代もその後も、何かの働きかけを受けたことはない」と話した。
書記官は同塾で自己紹介の際、「日本の政治を勉強しに来た」と話していた。日本語は上手だったが、茶道研修の時は長時間の正座ができず困っていた様子だったという。
インターン期間が終わった後は連絡を取っていなかったが、森岡氏が衆院議員になった後の2010年秋頃、書記官として森岡氏の事務所を訪れ、大使館での交歓会の招待状を置いていった。森岡氏は不在で、交歓会にも出席しなかったという。その後、都内の地下鉄の駅で偶然再会し、「久しぶり」と言葉を交わしたのが最後だという。
森岡氏は「本当にスパイ活動をしていたのか、本人に聞いてみたい。公安当局には徹底的な捜査を望みたい」と話した。
(2012年5月29日15時54分 読売新聞)
"「スパイ大国」中国、巧妙な接触で把握は困難
ロシアと並ぶ「スパイ大国」と指摘される中国だが、戦後、国内で摘発された中国による諜報事件は6件。
目的を悟らせないよう巧妙に接触する中国スパイの動向を把握するのは容易でなく、ロシアの20件や、50件を超える北朝鮮と比べると少ないのが実情だ。
戦後初とされる中国の諜報事件は、1976年1月に警視庁が外為法違反で摘発した中国人貿易商による軍事情報収集事件。頻繁に来日していた中国人貿易商が、中国の情報機関からの指示で、日本人協力者を利用し、外国航空機のエンジンについての軍事情報や、日本の産業技術に関する資料などを入手していた。
その後、日本電信電話公社(現NTT)職員が官公庁の研究資料を中国に漏えいした事件(78年6月)や、米軍横田基地の日本人職員が米空軍機のテクニカルオーダー(技術指示書)を中ソの情報機関に売却した「横田基地スパイ事件」(87年5月)などが摘発されたが、いずれも民間人を通じて情報を入手したケースで、中国スパイの具体的な活動は明らかになっていなかった。
(2012年5月29日16時43分 読売新聞)
"