Tumblrrrrrr! News and Views

うん、ママが好きなことしてる間に、ぼくはニュース関連postsをあつめるよ!

April 25, 2014 1:00 pm
"論文に不正行為があった事はどうでも良くて、STAP細胞さえ存在すれば全部OKな人達は、科学の手続きというのをナメてますよ。"
11:26 am
"今回のSTAP騒動は、誰がマトモで、誰がいいかげんなマスコミ、知識人であるかを選別するためのリトマス試験紙として立派に機能しているところが…面白くもあり…泣けてくる…"

Twitter / yoshipatho: (修正)今回のSTAP騒動は、誰がマトモで、誰がいいかげんな … (via otsune)

これと放射脳フィルタとのダブルチェックでかなり精度の高い結果が出せていい感じ。

11:22 am
"今回のSTAP騒動を含め、研究不正の主な原因は、原資料である実験ノートにおける該当部分が特定できないこと、修正内容と日時が記録されていないこと、に尽きる。だから結果にトレーサビリティが無く、存在する!無い!と、まるでUFO目撃みたいになってしまうのだ。
しかし、これに対する対処法は、既に医薬品業界に体系化されている。
医薬品GMPや治験におけるGCPなどがそれだ。
最近問題になっている医師が主導する臨床研究における不正は、GCPが厳密に行われていないために発生している。
従って、GCPに相当するGRP省令を制定し、外部CROが有料で原資料特定から論文の図表作成までのプロセスが適切に行われ、トレーサビリティが可能であることを証明するcertificateを出すようにすれば良い。
またこのCROは、事前に論文の英文を検索して、コピペが無いことも確認しておく。
最初から全ての学術論文に適応はコストや手間の問題から出来ないが、まずは少なくともNatureやScience、Cellなど、社会的にインパクトが大きい雑誌には、日本からの論文はこのcertificateが無ければ受け付けないように、文科省から働きかければよい。そして文科省が出す研究費には、この経費を上乗せしておけば良いのだ。"
11:21 am
"徳洲会グループから5000万円を受領した問題で追及された猪瀬直樹・前東京都知事は、釈明会見でしきりに汗をふく姿が目立った。しかし、小保方氏の場合は「生理的な変化はほとんど見られなかった」(佐藤氏)という。"

「小保方さんは女優だ!」専門家バッサリ 精神的にタフで感情表現うまい:イザ! (via otsune)

まぁプレゼン力(ハッタリ)だけで大学入試から理研のポスト獲得まで全部のりきってきたんだから、そりゃあそうでしょうなぁ。

April 24, 2014 8:33 pm
"Tumblrは意図的にデマを流して楽しんでる人がいるし、信憑性に関係なく面白がってreblogする人も多いし、何をpost・reblogしたか覚えてないほど大量に流す人も多いので、信頼性としては東スポを10倍ぐらい酷くしたものだと想定して使った方がいい。"

Twitter / RPM (via otsune) (via jinakanishi) (via yasunao-over100notes) (via dormouse0) (via plasticdreams) (via yaruo) (via reretlet) (via tady) (via m0r1) (via highlandvalley) (via peckori) (via magurohd) (via yellowblog) (via forzando) (via takojima) (via kiri2)
April 23, 2014 10:50 am 10:39 am
futureisfailed:

データえっせい: 日本の生徒の対教師関係

日本のイレギュラー性は際立っており,左下の極地にあります。教師の言うことを聞く生徒は多いが,その一方で,教師と良好な関係にある生徒は少ない。変わった社会です。

 マートン流にいうと,わが国の生徒は教師に対して「儀礼的」な戦略をとっている,ということでしょうか。勉強に興味持てないし,本当はウザイ先生の言うことなんて聞きたくないけど,成績に響いたり退学になったりしたら困るので仕方なく・・・。こんな感じです。

 マートンは,文化的目標にコミットメントしておらずとも,そのための制度的手段は(やむなく)承認するような適応様式を「儀礼型」と名づけました。日本の生徒に則していうと,勉強して偉くなろうとは思わないけど,学校をきちんと出ないと落伍者の烙印を押されてしまう,という強迫に突き動かされている人間類型です。上図の結果は,こういう生徒が教室に多くいることを示唆しています。

 こうした儀礼型人間について,マートンは原著で次のように述べています。「外部から観察すると,本人は,謙虚で思慮分別があり,見栄をはらない。自発的な自己抑制によって,彼は,自分の目的や大望を制限し,冒険や危険に伴う快楽をすべて拒絶する」(森東吾訳『社会理論と社会構造』みすず書房,1961 年,171頁)。なるほど。日本の生徒と重なり合う面が強いですね。

 このような形だけの儀礼的戦略を幼い頃から行使し続けることで,どういう人格形成がなされるでしょうか。おそらくは,自分の頭で考えることをせず,機械的に周囲に合わせるだけの付和雷同人間ができ上がることでしょう。過剰適応型人間といってもよいかもしれません。わが国の企業社会は,こういう人間類型によって支えられている側面があります。

futureisfailed:

データえっせい: 日本の生徒の対教師関係

日本のイレギュラー性は際立っており,左下の極地にあります。教師の言うことを聞く生徒は多いが,その一方で,教師と良好な関係にある生徒は少ない。変わった社会です。

 マートン流にいうと,わが国の生徒は教師に対して「儀礼的」な戦略をとっている,ということでしょうか。勉強に興味持てないし,本当はウザイ先生の言うことなんて聞きたくないけど,成績に響いたり退学になったりしたら困るので仕方なく・・・。こんな感じです。

 マートンは,文化的目標にコミットメントしておらずとも,そのための制度的手段は(やむなく)承認するような適応様式を「儀礼型」と名づけました。日本の生徒に則していうと,勉強して偉くなろうとは思わないけど,学校をきちんと出ないと落伍者の烙印を押されてしまう,という強迫に突き動かされている人間類型です。上図の結果は,こういう生徒が教室に多くいることを示唆しています。

 こうした儀礼型人間について,マートンは原著で次のように述べています。「外部から観察すると,本人は,謙虚で思慮分別があり,見栄をはらない。自発的な自己抑制によって,彼は,自分の目的や大望を制限し,冒険や危険に伴う快楽をすべて拒絶する」(森東吾訳『社会理論と社会構造』みすず書房,1961 年,171頁)。なるほど。日本の生徒と重なり合う面が強いですね。

 このような形だけの儀礼的戦略を幼い頃から行使し続けることで,どういう人格形成がなされるでしょうか。おそらくは,自分の頭で考えることをせず,機械的に周囲に合わせるだけの付和雷同人間ができ上がることでしょう。過剰適応型人間といってもよいかもしれません。わが国の企業社会は,こういう人間類型によって支えられている側面があります。

(via kiri2)

April 22, 2014 10:12 am
"今回の文書について、日本分子生物学会副理事長で九州大学の中山敬一教授は、まず改ざん問題について「弁護側は結果が正しければ画像の切り貼りをしても改ざんには当たらないと解釈をねじ曲げている。データを切り貼りすること自体が改ざんで、科学の常識からは考えられない誤った解釈だ」と指摘しています。
また、ねつ造と認定された画像については、「実験が実際に行われ、本物の画像があるというのであれば、事実を裏付けるデータや実験ノートなど誰もが納得する一次資料を示すべきだ」としています。"
10:11 am
"このうち「ねつ造」と認定された画像については、本来掲載すべきだった画像が実際に存在するので、存在しないものを作り出すねつ造には当たらないと主張しています。
そのうえで調査委員会が、実験ノートなどを調べても画像の由来を追跡できなかったなどとした点については、報道機関に公表した文書には記述がなかったものの代理人の弁護士は、「ノートには、100ページ余りにわたり掲載すべき画像に関する記述があった。マウスの絵などが書かれていた。1年ほどの日付が記され、弁護士や本人は正しい画像であると確認できた」などと話しています。"

「ねつ造ではない」小保方氏が補充書類 | NHK「かぶん」ブログ:NHK

弁護士は何を以て「正しい画像であると確認できた」って判断してるんだろうか。

April 18, 2014 7:22 pm
"

でも、普通は疑いますよ。科学論文はそういうものだから。

 僕も経験しましたが、実験中に、例えばすごく面白いデータが出るじゃないですか。先生の所に飛んでいきますよね。「先生、先生、超すごいんですけど、こんなデータが出ましたよ」と持っていくと、間違いなくこう言われますね。
「あ、それ、何回目なの」
「1回です」
「じゃあ、だめだよね」

 僕は実験をやり直す。3回やり直したけど結果は変わらない。そうするとさすがにちょっと顔色が変わって、でも、「お前の腕じゃ怪しいな」と言われるんですよ、絶対に。

なるほど。実験したのが身内でもまずは疑問の目で見る。

丸:で、「ちょっと3カ月待って」と言って、研究室のメンバーがやり直すんです。それで、結果が変わらなければ「すごいな、正しいぞ、これ。これは論文になるから一緒に頑張ろう」。こうなるんですよ、普通は。

 学部生の実験だろうが、ネイチャー掲載の論文だろうが、徹底的に疑って再現実験を繰り返す。なぜかといえば、科学とは常に間違う可能性を含んでいるものだからです。そして、故意かどうかは全く別の問題ですが、「誤りを含んでいること」自体は大きな問題ではない。

え? なぜでしょう。

丸:データの解釈には常に推論を含みますから。そしてもしも「完全に正しい論文以外、発表してはいけない、掲載してはいけない」、ということにでもなったら、科学の推進力は大きく失われてしまうから、です。

あ、もしかして「ネイチャー」を初めとする科学論文誌は、科学者が自分の論文の誤りを、みんなに見つけてもらう場所、ということですか?

丸:そう、人間だから誤りは避けられない。自分の能力だけでは限りがある。だから、世界中の優秀な科学者がよってたかって誤りを捜して潰す。そのために科学論文と、それを掲載する雑誌がある。そういう見方もできると思います。

"

「科学論文」にまつわる誤解と真実:日経ビジネスオンライン (via clione)

強く信じると、信じたい結果を出せちゃったりするからねー。特に生化学とか分生とかの実験だとねー。

だから疑い続けることができない人は、研究やっちゃダメなのよ。

(via kiri2)